エトナ火山

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 エトナ火山を遠くから見ると、その麓は荒涼とした岩肌が広がり、その所々に青白い噴煙が思い出したかのように吹き上がって、また、奇怪な岩がそこかしこに立ち並んでいる様子がうかがえる。言いかえると、それはまるで一種の地獄のようである。

 この火山が有名になったのは、今をさること数百年前、ニューフロンティア時代のことだ。この火山の裾野に、煮えたぎるような熱泉が流れていく淵があるのだが、その下流から、偶然の機会に金が見つかってからのことである。いわゆる、ゴールドラッシュによって、国のあちこちから一攫千金を狙う輩どもが、この火山の裾野に集まってきたのだ。エトナ火山の地下にあるマグマが、地底深く眠る金鉱脈を熱水に溶かしたために、多量の金が熱水とともに流れ出し、下流の砂に混じりこんだのである。

 殺風景な荒れ野に小屋やらテントが立ち並び、彼らの金を当てこんだ酒場やら賭博場やら、それらいかがわしい店が雨後の竹の子のように次々に出来ていった。砂漠の真中にネオン輝く繁華街が降り立ったようなものだ。初めの頃に来た者は運が良かった。何しろ掘れば掘るほど、次から次へと、いくらでも金塊を手に入れることが出来たのだから。
 しかし次第に採掘する者が増えるにつれ、金はだんだんと取れなくなってきた。あちこちを掘り返すのだが、労力のわりには見返りは僅かなものだった。初めは仲良く採掘を続けていた者たちも、そのような中で、少しの金を独り占めせんと思う者が出てくるにつれて、お互い顔つきも悪くなり、いつ自分の金が盗まれはしないか、いつ自分の持ち場が荒らされはしないかと、疑心暗鬼にかられるようになっていったのだ。

 そのようなことが続いたある満月の深夜、エトナ火山のふもとの荒野で誰か叫ぶ者があった。「おーい、こちらへ来てみろ!ここにはまだまだ多量の金が埋まっているぞ!」と。眠っていた男たちは「金」という言葉に敏感に反応してテントから起き出し、声のした方を見た。すると、満月の青白い光に照らされて、きらきらと黄金のように光るものが岩肌のあちこちに散在しているではないか!
 おい、あんなところにいつから金があったのか?今までどうして気づかなかったんだ、と、何一つ疑問を抱くことなく男たちは、他の者に負けてなるものかと、われ先に火山のふもとの岩山に駆け上がっていったのだ。それまで、そこには誰も足を踏み入れるものはいなかった。なぜなら、遠くから見ると、立ち並ぶ奇怪な岩があまりにも不気味で、また、ひゅうひゅうと吹く風に、それらの岩は泣き声をあげているように思われたからなのだ。
 虫も獣も木々も眠り込む深夜に、欲深い男たちは目をらんらんと輝かせ、どこに金があるのかを探し回った。また、訝った。誰だ、金があると呼んだのは?と。

 しかしどこにも金などなかった。あるのは死の世界のように広がる灰色の岩ばかりであった。そうしているうちに、うろつきまわる一人の男が恐怖に引きつった声をあげた。「おい、この岩は、人間じゃあないのか?」
 すぐ側で見るそれらの岩石は、よく見るとまるで人間の体そっくりのようであった。あたかも、もがき苦しみながら地の底から這いずりだそうとする、地獄の住人のようだった。目と思われる窪みからは、悲しげな瞳がこちらを見つめ、口からは絶望の声をあげてうめいているのだ。男たちはその時初めて恐怖に震えた。自分たちは、入り込んではいけないところに来てしまったことを知ったのだ。そして金色に光る物質の謎もその時解けた。それは、それらの岩石から溶け出してきた燐が、きらきらと月光に映えて光っていたのだ。

 その時だった。ゴーッという地響きとともに、生き物のように大地があちこちで裂け、そこに集まっていた男たちは、吹き上がる火炎と熱風に打たれ、また噴水のように沸騰した溶岩に襲いかかられた。吹き上がる火炎の中をもがきながら逃げ惑い、男たちは一人、また一人と足を取られて動けなくなり、立ったそのままの形で、ゆっくりと溶岩に覆われていった。うめきながら、生きながらにして岩の中に封印されていったのだ。

 大地の異変が次第に収まり、やがて噴煙が風にかき消された時、エトナ火山の麓には直立する、多くの新しい岩が出来ていた。そうなのだ。あのエトナ火山の麓に立ち並ぶ岩は、全て欲に目がくらんで地獄の炎に打たれ、岩石へと姿を変えた男どもの哀れな末路なのだ。
 時々街の人たちは思う。彼らは今でもあの溶岩の中で生きているのだ、そしていつ終わるともない地獄の苦しみを味わっているのだ、と。

 夜おそく彼らを見ないほうがいい。月の光に照らされた岩は不気味に光り、時おり吹く冷たい風の中で、岩たちは悲しい声を出してあなたを呼ぶだろうから。

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