あなたがこの街にやってくる時、例の峠を越えてきただろうか?実際、あそこを通るしか歩いてはやって来れないのだから、あの門を見たに違いない。岩山を歩いてのぼって峠に辿り着くと、ちょうど街に入る境界あたりに、巨大な岩で出来た、見上げるように高く広いアーチがある。「さあ、誰でもいらっしゃい、来るものは拒まず。」とでも言うようだ。
街に来た者は皆、この巨大なアーチ上の構造物を、誰かが手を加えて造ったに違いないと思う。それくらい見事なアーチ状をなしている。しかし、信じれないかもしれないが、これは自然に出来たものである。風の力か?水の力か?どっちにしろ、この地上にこのような構造物があるというのは、なんだか冒険家の心をくすぐるように夢が溢れているではないか。
アーチの幅は端から端まで歩いても5分はかかる。長さで言うと、400メートルくらいか?また、アーチの下を通り抜けて街に入るには、やはり5分間ほど歩かねばならない。高さは、以前、街の探検家が身の危険を賭して左側の崖を上っていき、頂上からロープを垂らして測定したところ、約800メートルはあったそうだ。頂上はかなり風が強く、ロープがユラユラ揺れて測定にはかなりの困難と危険を要したという。探検家はそのまま右側の崖をつたって降りてきたが、かなりの危険を冒して征服した喜びが顔に溢れていた。それ以来、何人かが企てようとするが、どうもうまくいかないようだ。
一番危ないところは、あの、アーチの上に乗っかっている巨大な岩の側を通る時であったらしい。気まぐれな突風にグラグラ揺れて、何回か、岩と岩の間に押しつぶされそうになったらしい。ほら、大きなアーチの上の方を見上げてくれ。切り出してきたままのような巨大な球状の岩が乗っかっているだろう。風が吹きはしないのに、いつもグラグラと揺れている。「ゴウゴウゴウ」と地響きをたてて、まるで竜が鳴いているようである。しかし誰もどうして揺れているかなんてことは気にしていない。自然の気まぐれとでも思っているのだろうか?そのほうがいい。世の中には不思議なことがあると思っているほうが夢があっていいのだ。
けれどもこのアーチの不思議なことは次のような事だ。ここには、優れた造形上の美と工夫が隠されてあったのだ。
街の外から見たそれは、光の加減か、恐ろしい鬼が牙をむいて睨んでいるようにさえ見える。しかしいったん街に入り、街の中から見上げると、同じ岩の塊が、優しげなおじいさんの顔をしていることに気づく。
また更に不思議なことに、一日の時間経過によって、太陽光線による岩の歪と大気の流れが、この門にかすかな振動を引き起こすのだろうか、清らかな鐘のような音が、毎日夕方になるとアーチから街中に流れていく。人々は夕やけの中でその音を聞くと、一日の仕事の疲れを癒されるようで、なんともいえない深い安らぎに満たされるのだ。ああ、今日も無事一日を終えることが出来たな、と。
しかし、アーチの下を通り抜けるには、この巨大な岩の揺れるのを見上げながら、5分間ほど歩かねばならない。その歩く時間が、人によっては数時間にも及ぶようにも思われるらしい。始めて来る人は大体が皆、この門の前で立ち止まり、不安げにアーチの岩を見上げて、幾人かは引き返す羽目になる。グラグラ揺れる岩を見ると、恐ろしさに足がすくむようだ。強い風が吹くと今にも頭の上に落ちてきそうな錯覚に襲われるのだが、未だかって地上に落ちたことなどないのだ。だから、そこを通る人は心配はしなくてもいいのだが、街の人が平気で入っていくのを見ても信じれないらしい。大丈夫だよといっても、自分の恐怖を押さえれないようだ。
けれども、小さな子供を見てくれ。彼らは素直だ。人の言葉を何一つ疑うことなく、それに従い、この街の楽しみを享受できるというわけだ。
さあ、あなたはどうだろうか?